昨日のブログで犬のことを書いたけれど、
私が動物を特別な存在として接するようになったのは、いつからだろう?と思い起こしてみた。
物心ついた時にはすでに家には何かしらの動物がいた。
それなりに可愛がってはいたが、特別な存在というほどではなかった。
緑色のインコのぴーちゃんが、特別な存在として語りかけてきた最初の動物だった。
インコのぴーちゃんがいたのは、それはちょうど小学4年生、9歳の頃。
9歳の時のことは、はっきりと今でも覚えている。
私が孤独という大きな闇にのみ込まれた時。
孤独を実感した初めての頃だった。
恐ろしく深い闇に閉じ込められたかのようで、この世から逃げ出したくなった。
それで逃げようと思ったのだけれど、手首に当てた刃物のあまりの冷たさに驚いた。
この世のものとは思えない程の冷たさで、あれほどに冷たいものに後にも先にも触れたことはない。
芯から凍り付くような冷たさは、今でもはっきりと記憶している。
その冷たさに驚き、踏みとどまったというより、怖くて勇気が出なかった。
インコのぴーちゃんが語りかけてきたのは、その頃からだった。
私が呼びかけると、いつでも嬉しそうに体をぷくーっと膨らませて、優しく指をつついてくれた。
その後もずっと動物たちとの時間は、私の心を慰めてくれた。
けれど彼らは私よりも圧倒的に寿命が短くて、先に逝ってしまうのだった。
いつも動物を家に連れてきたのは父だった。
父も動物たちをことさらに可愛がっていた。
今思い返すと、父も孤独を抱えていたのかもしれない。
今私は動物は飼ってはいない。
飼えない状況ではあるけれど、頑張れば飼える環境にすることはできる。
でも今はあえて飼おうとはしない。
動物がいないことは、心にぽっかりと穴が空いた状態だけれど、
自分が本当は依存体質なのを知っているから、
私は私の力で、自分のバランスをとっていくことをするべきだと思っている。
そして、あの9歳の頃からずっと逃げ出したい欲求は、ずっと心の中にあった。
いつでも闇の中から死神が優しく笑いかけてくれて、その誘惑に負けそうになることもあった。
でも今は逃げたい欲求はなくなり、死神も姿を消している。
自分の人生を生きると決めてから、たくさんの変化が起きている。
変化というよりいろんなことが周りだしたし、自分も楽になっている。
今まで出会えた人たちのおかげで、私は「生きる」ことを選ぶことができた。
40を過ぎてからようやくって感じですが・・・。
「生きる」と決めるまでに時間がかかってしまったけれど、
ちゃんと生きていきますので、これからもよろしくお願いします。