大地とつながって、星を読む

仕事運や恋愛運
運が良いとか悪いとか
私はあまり興味が持てないでいる。
それは人生最後に振り返った時に
自分で判断するものだ、という考えなのです。

できるかできないかより
とりあえずやってみて
その経験から自分で
判断するものだと思っている。

人生の真っ暗闇の時期を過ごしても
そこから何を得るか
どうあがいても、思い通りにならないことから
何を学んで養うか
それはジャンプする時に
大きなエネルギーとなる。

そうすると、いくら闇の時期だったとしても
後になってみると、今の私が存在しているのは
あの時期が必要だったってなるよね。

占星術で自分の持つ惑星の力を知ることは
自分の可能性を広げるものだし
人生をどう切り開いていくかの
羅針盤のようでもある。

私にはこういう才能がある
そういう発見は大きな喜び。

私はできない
創造性がない
自信がない
お金がないetc
そう自分で設定して、やらない理由を作って
行動しないで夢を見ているだけ
それは居心地は良いかもしれない。
でも自分の人生ではないよね。

命は自分で運ぶもの。
運命だね
まあ変えられないものはあるけれどね。
(背の高さとか、鼻の高さとか笑)

誰もが持っている惑星の力を
最大限に使っていくことは
魂の喜びなんだよね。

そうしていくと自然に宇宙のリズムにのっていく。

星のタイミングはあるけれど
それはあくまで目安。
確認したら忘れちゃうくらいがいい。

でも忘れたとしても、宇宙のリズムにのっていれば
意図しなくてもタイミングが合う。
後でホロスコープを見てみると
なんてピッタリ!なんてことがあって、面白い。

だから皆が自分のホロスコープは
読めるようになると良いと思う。
それは宇宙意識を育てていくから。

きっと縄文の時代は、星を読むことは普通だったんじゃないかな。
そもそもそうしないと、生きていけなかったでしょうし。
大地と繋がって、宇宙とも繋がる
そんな感覚を、皆が取り戻していくと良いと思う。
だから私はボディーワークもするし
占星術もしていくのです。

身体で小宇宙を感じて
占星術で星を読むってすごくいい。

決断することは、最後に生き様を見せるため

いつだって選択、決断の連続だよね。
それって最後の時のために
練習してるんじゃないかなと思う。
生きざまを見せるためにね。

どちらを選ぶのが良いかという質問はあるけれど
やっぱり自分で決めてこそ納得ができる。
私はそこを奪うつもりはない。
自分が自分の人生の主人公なのだから。

まあ占星術で、選ぶための材料は並べることはできるけれど
どの道を選んでも行きつく所は同じ。
どの道を選んでも、しっかり全力で生ききることで
最高の道だったって思えるんだよね。

 

さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ

「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」
レイモンド・チャンドラー著 ロンググッドバイより

これが最後になるかもしれない。
私はそういうつもりで人に会う。
もちろん一緒に住む夫に対してもそうだ。

また会えるとは限らない。

これだけの多くの人がいる中で
何度も出会えるって奇跡だと思う。
そしてさらに同じ時を過ごし
気持ちを分け合うことは
さらに奇跡だ。

だからタテマエとか
自分を良く見せようとか

相手をどうにかしようとか
ただ孤独を埋めるためとか
自分がどう見られるかとか
そんなどうでもいいことに
時間を使うつもりはない。

良く見られたら、もちろんうれしいけどね(笑)

もう会えないかもしれないんだ。
だから相手とは、真剣に話さなくちゃいけないんだ。

昨年末から、「このままじゃ間に合わない」
さらに立春頃からは「命には限りがある。集中!」
3月9日以降は、「もっと集中!真剣に!」
こんな感じの標語的なものがやってくる。

だからもっと整理して、集中する必要がある。
人と会うことも、もっと大切にする必要がある。
私たちはついつい、惰性になりがちだ。
それはまた次があるからという
思い込みがあるせいだと思う。

大切な人はもっと大切に
そして自分の時間も
もっと大切にする必要がある。

2年前くらいまでは、友人の永遠に続くかもしれないグチを
2時間以上聞いているような状態だった。
そういった時間どろぼうをさせてはいけないんだ。
自分の時間は自分で守らないとね。

きちんと今やるべきことに集中したいからと
事情を話せば、大体の人は分かってくれる。
分からない人は離れていく。
それはそれで仕方が無い。

静岡に住んでいた時は
ちょうど災害が多い時期だった。
震災もあったし、台風もあった。
そのたびに夫は仕事上、危険な場所に行く。
高波にさらわれるかもしれない
強風に吹き飛ばされるかもしれない
そんな場所ばかりに最前線で行く。

突然、何があるかわからない。
夫は無事帰ってくるかわからない。

災害が起ころうとも
知らない土地で
一人で何とかやるしかない。

だから一緒にいつもいる人ほど
惰性にならずに
きちんと付き合いたいと思う。

それにうちは転勤族というのもある。
今の土地にそう長くはいられない。
だからよけいに、今関わっている人たちとの
関係性は大事にしたいと思う。

この春は引っ越しが無かったので
この伊那谷にいるのは、たぶんあと一年。
もっと集中していきます。

暑苦しかったらごめんなさい。
でも表現の仕方は、水瓶座だから
かなりさっぱり加減を装ってると思うの。