自分の人生を生きる

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昨日の続きです。

昨日の記事>>私が人と話さなかった頃

結局のところ、何が良かったかというと
全部が良かったのだと今は思います。
何ひとつ欠けても、今の私ではなかった。

ひとつ大きなことは、「自分の人生を生きる」と決めたこと。
決めたことは、後の全ての選択、結果に影響していきました。
結果って意志で決まるんですね。

生きると決めたのは2014年の春先のことでした。
ちょうど私はエネルギー枯渇状態となり
いったん全てを手放し、お休み期間に入ったのでした。

その時に今まで自分からも、生きることからも逃げていたことに気付いたのでした。
だからエネルギー枯渇状態になっちゃったんですよね。
どこか死んだように生きていた。
自分がバラバラだったのです。

でもね、「そうである」状態を知るには
「そうでない」状態も経験する必要があった。
今では必要な経験だったと思えます。

自分の人生を生きると決めて、まず何をしたかというと
・身体の状態をなんとかすること
・嫌なことはしない
の二つでした。

身体を強くすること、エネルギー量を増やすことを決め
ずっと習っていたVital Energy Body Workを、真剣に取り組み始めました。
それまでは、なんとなくやっていました←だから変化しなかった。

あとは、嫌なことはしないと決めたこと。
だから、愛想笑いはしなくなりました。
嫌われたくないから、とりあえず笑ってたんだよね。
これは疲れるから、やめました。

付き合いで行っていたものは、行かなくなりました。
行きたくないなら、行かない。
行きたいから、行く。
話したくない時は話さない。
話したいなら、話す。
シンプルにしました。

その後直感で参加した、ビジョンクリエイション占星術初級セミナー
私が星の世界へどっぷりと浸かる、きっかけとなったものですが
占星術の勉強というより、そこで自分の価値を実感できたこと
そしてひとりひとりが、特別な存在であることを知ったのでした。

その後、このセミナーで教わったワークを、繰り返し友人としていました。
そこで、どんな自分でもOKだと受け入れることができ
素直に自分を出して良いんだと思えたのでした。

結局のところ、一番の悩みとしては孤独で
人とうまく関われず、コミュニケーションが苦手
というところだったのですが
結果的に、いつの間にか気にならなくなりました。
悩みが悩みでなくなっていました。

冒頭にも書きましたが、「自分の人生を生きる」と決めたこと
これが全ての始まりだった。
それは人任せにしない、自分の考えで行動することへのシフトでした。

何よりこの2年半で得たものは、自分への信頼。
生きると決めたこと→行動をしていったこと
これは意志と行動を揃えること
だから信頼貯金が積まれていったのですね。

他者とのコミュニケーションがどうこうより
まずは自分とのパートナーシップだったんだよね。

全てが思い通りに進むってわけじゃないし
たまにがっかりタイムな時だってある。
だけど、自分が自分の素晴らしいパートナーであれば
きっと大丈夫って思えるんだよ。

 

私が人と話さなかった頃

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コミュニケーションが苦手
人とうまく話せない
自分を出せない
とご相談の中で多くお聞きします。

私もそうでした。
人と話すのがとっても苦手
そのくせ、寂しがり屋でホントは話したい。
だけど自分を素直に出せない。
だって正直に出したら、嫌われるんじゃないの。
こんな私なんて、誰も受け入れたくないでしょ。
といった思いがありました。

今は特に苦手とは感じません。
コミュニケーションが得意かといったら
どうなんだろう?という感じですが(笑)
この2年の間に、気にならなくなり
特に悩みではなくなりました。

そもそもがコミュニケーションが苦手というより
人と話さない私でした。
それは自分を守るためでもありました。

誰とも話さない。
感情を出さない。
そう決めたのは、小学校に上がった頃です。

なぜかというと、何か言葉を発すればあげ足をとられて、バカにされる。
感情を出すこと、例えば思いっきり笑ったとすると
それを制するように怒られて、悲しみの方にもっていかれる。

それで気がつきました。
そうだ、誰とも話さず、気持ちを出さないようにすれば、傷つくことはないと。
子供なりに自分を守る方法を考えたのですね。

ちなみに、この頃に欲しかったドラえもんの道具は「石ころ帽子」
それを頭に被ると、道端に落ちている石ころのような存在になり、誰にも気にとめられないというものです。

そんなわけで学校でも家でも話さない
私は能面のような子供でした。
唯一、話したのは妹とペットでした。
幼なじみとも、小学校の低学年までは遊んでいましたが、次第に遠ざかっていきました。

だけどそんなことを続けていると
孤独になっていくものです。
孤独は、生きることの気力を奪うものでした。

9歳の頃から、どうやったら人に迷惑をかけずに、死ぬことができるのか?ということを、ずっと考えていました。

ただ死にたい願望を抱えながらも
どこかで生きたいと思っていた。
その両方でずっと葛藤をしていました。

唯一の逃げ場は、本の世界。
いろいろな物語の中で、私は自由になれたのです。
でも本を読むことも邪魔をされるので、よく押し入れに隠れて読んでいました。
(結果、視力が落ちました)

そして孤独に堪えかねて、高校入学と同時に変わろうと決意しました。
もう孤独なのは嫌だって思ったんです。
そこから、人と話すように努力をしました。

とはいえ、それまで話さない私でしたから、いきなりできるわけでもなく
もっぱら聞き役がほとんどでしたが
友人を持つことができたのは、大きな一歩でした。

そして就職をし、仕事をする中で
人と話をすること、自分のことを伝えることが、とても苦手で
恋愛も仕事も、なかなかスムーズにはいきませんでした。

話をしないということが、自分を守る術で取れないクセのようになってしまっていたからです。
しかも早くこの人生を終わりにしたい
という願望をずっと持ち続けたままでした。
それは2013年まで、続いていました。

人生を終わりにしたい願望は、今ではすっかりありません。
変わるきっかけとなった要因は、いくつかあります。

以前から私を知る人は、「変わったよね」と言います。
でも私としては変わったというより、
本来の性質の私に戻っていった
という方がピッタリきます。

 

長くなったので、続きはまた♪

なぜ生まれてきたのか考える

水星の働きは、考え、知性

コミュニケーションなどあるけれど

何より人間が人間たるものとして

社会でより良く働きかけるものだ

と私は考えている。

 

ちょうど水星の年齢域に入る

8才くらいの頃から、

「なぜ生まれてきたのか?」

「何のために生まれてきたのか?」

ものすごく考えるようになった。

 

その答えを見つけるために

多くの本を読んだ。

(周りの大人たちは、答えられなかったので)

多くの人が「なぜ生まれてきたのか?」

 

考えてきたと思う。

だけど日々の暮らしのなかで

埋没して忘れてしまいがちだ。

 

水星が太陽面を通過する本日

「なぜ生まれてきたのか?」

それを思いだし

人生の目的である太陽の意思と

つなぐ日なんだと思う。

 

といっても人生というくくりで見ると

私もまだ明確にわかっているわけではないけどね。

現時点で自分のすべきことが

分かっているだけでも良いと思う。

私たちは常に変化するのだから。

 

ちなみに私に答えをくれた本は

「深い河」

「白仏」

「メメント・モリ」でした。