エネルギーワークとかヒーリングを受けた時
体感があった方が良いかというと
どちらでもいいと私は思う。
体感があるなしに関わらず、ワークそのものはちゃんと作用している。
だけど体感が無いからって、がっかりしちゃう方もいらっしゃるのも事実。
エネルギーワークを受けるのに、体感があってもなくても良いけれど
普通に生活をするうえでは、ある程度の体感はある方が良いとは思う。
波動的なものに対して、敏感かどうかって
味覚がするどいかとか
臭覚が発達しているとか
そういったものと同じだと私は捉えている。
例えば臭覚が発達しているとして
良い匂いだけを選択して嗅ぐことはできない。
嗅ぎたくないものまで、知覚してしまう。
それと同じで、波動的に敏感だと良いものだけを感じることは無理で
というか世の中どちらかというと、荒々しい波動や重いものの方が多く疲れてしまうことは多い。
ちなみに体感がなくても、波動的な影響は受けるのは同じ。
例えば悪臭がするものがあったとして、鼻がつまって匂いを嗅げなくても、クサい匂いの空気が取りまいてるのと似ている。
ところで以前の私は、波動的なものに対してものすごく鈍感だった。
今振り返ると、自分以外の波動でパンパンで、気の循環が悪くて出すことができなかった。
なので常時、身体がどこか痛かった。
基本的には首がとれそうなくらい痛みがあり、プチ頭痛なのは普通だった。
痛みをガマンしていたので、身体の感覚が鈍くて、心地よいこともわかりづらかった。
身体に取り組みだし、気の流れが整い流れ始めると、身体の調子も良くなっていったし、次第に体感も増してきた。
何をやっていたかは、具体的には書けないけれど(笑)
やはり身体の気を巡らすことって、大事だと思う。
ただそれをやり過ぎて、体感がどんどん鋭くなったのか
元々敏感で、その潜在能力が開いたのか謎。
まあそれをやってなかったら、波動的なものには興味がいかなかったと思う。
体感があるとやはりインパクトが強いから。
ただ敏感なのは利点があって、よく神さまとか天使とか龍などは、物の怪がコスプレしていることが多いんだけど(神さまコスプレの物の怪からのメッセージやヒーリングを、ありがたがっているケースもよく見かけますよね。はたから見ているとめっちゃ怖い)
気持ち悪さとか痛みとかで判別できるということはある。
元々怖がりだし身体が辛くなるので、物の怪コラボの方に対してつい態度が悪くなってしまうのは、ホントごめんなさいだけど。
身体の声を無視していると、鈍感になっていくので
変なものかどうかわからなくなるのかもしれない。
(ちなみに物の怪に親しんでいると、感覚がマヒするのでさらにわからなくなるみたい)
普通にこれは心地よいとか、重くて変だとか
判別できるくらいの体感はあった方がいいんじゃないかなとは思う。
食べ物が腐っているのか、食べられるのか匂いで判別できるみたいな程度にはね。
身体の状態を観察することや
身体を慈しみ、メンテナンスは続けることや
疲れたらちゃんと休むこととか
そういったことの積み重ねで
体感はクリアに感じるようになっていくのだろうし
体感が増すと、この地球の自然の美しさをより感じて
生命の循環を肌で実感していくんだと思う。
だから自然の中に行くのは好き。
自然は癒されますものね。
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